地名に名を遺した人々

将監沼

1.「将監」・・キリシタン武士だった横沢将監

国分家から派生した横沢将監氏に因む。

将監氏は第14世国分宗政の次子(盛基)は国分弥三郎と称し、国分荘実沢村(現泉区)に居住し、横沢氏の祖となった。采地を同所に600石を賜り、実沢寺岡東麓200mに立田館に居住した。

国分家没落後、伊達政宗に麾下し慶長18年(1613)南欧に赴いた支倉常長を迎えるため、藩命により元和2年(1616)メキシコに派遣、同6年(1620)帰国した。

伝承によれば寛永3年(1626)、将監が帰国して2年目の頃に、旱天続きで七北田の水田が干上がってしまい農民が困っていたので、赤坂(将監)に堤を築き大溜池をつくった。この堤は将監の指導で完成したので、土地の人々は遺徳を讃え「将監堤」と呼ぶようになった。七北田野山一帯が宅地造成され「将監団地」と名付けられた。

将監の子孫は手樽(現松島町)を拝領、当地でも堤を築き新田開発に貢献した。代々の墓碑が大仰寺(松島町富山)にある。

 

八乙女城跡の標柱

2.「八乙女」・・国分氏の一族八乙女氏

八乙女氏は「仙台領古城書上」によると、鎌倉中期代第六世盛胤の弟(彦三郎政継)が、国分松森村に500余町を賜り住した。その松森氏からの分家で国分一家衆として、根白石実沢八乙女館屋敷に居住、別名「八乙女館」と呼んでいた。城主は八乙女淡路盛昌という武将であった。天正年間国分氏と共に伊達氏によって亡ぼされるが、後所領を安堵されて野谷地を賜る。その後、時期は明らかでないが八乙女氏は七北田の八乙女真美沢に移り住んだと伝えられている。北目氏も同様に松森氏からの分家である。

 

古内志摩の墓

3.「古内」・・伊達騒動の唯一の生き残つた家老古内志摩

古内家の歴史は新羅三郎数世の子孫、佐竹義信に出、義信の子義武は足利基氏(尊氏の四子)に属して下総の豊田郡古内邑に居りそれに因みて氏とする。地頭伊賀守義武とも称しそれから6代後、重時の時代に罪ありて、一女子及び従卒9人と奥州に下り国分第14代宗政(1491−1564)(戦国時代)に仕え古内に住むことになった。山頂に寛文事件(伊達騒動)処理に活躍した家老古内志摩義如とその一族の墓がある。いずれも2m近い大墓石が数基苔むしている。山麓に寛文11年(1671)開山の盛徳山慈眼寺(臨済宗)(明治初年廃寺)跡がある。志摩義如が伊達騒動の渦中にはまりその時の傷を負いながら仙台に帰り着き、自分の天命を悟ったのか、これからの伊達藩の行く末を案じ、数多くの書文を残していることからも、死んでも死に切れない断腸の思いだったことが想像される。

 

〈一口メモ〉

志摩の母(横沢将監の娘)、志摩の室(松前市正の娘)

 

国分氏の氏神 千代城明神

4.「柱」・・没落した国分氏の後裔桂島氏

国分盛重(伊達政宗の叔父)の子伊賀重吉は側女の子で、母は国分院主坊天峰法の女で「楚乃」。国分氏没落の時、この一族は宮城郡桂島の馬場主殿を頼って松島湾内の桂島に隠棲。後に桂島を出て国分氏の氏寺である木の下国分寺に隠れた。慶長の初め政宗が狩りの途次国分寺に逗留した。たまたま寺の門前で遊んでいた子供に目がとまり、母も召し出され訊問を受けたが、安堵され荒巻の地を賜った。その土地も城下町の建設のために移転を余儀なくされ、替え地として国分野村を拝領した。

元七北田の奥州山道沿いで鐙坂(現泉高校への坂道)下付近の広大な野谷地の開墾を任され所領とした。

重吉には三人の男子がおり、太郎兵衛吉親・次郎右衛問吉詮・三郎助吉成と云う。いずれも国分の姓をはばかって馬場氏は長男と次男・桂島氏は三男が名乗った。兄弟の外に側女の子(吉品)があった。彼も三男と同じく桂島氏を名乗った。

元禄の初めに次男吉詮は大肝入を命じられた際に兄弟で相談し、結論は辞退した。長男は現馬場盛司家祖先、次男は現馬場芳治家祖先、国分家鐙の氏神である野村鎮守神明社の守り社人として現在に至っている。三男の桂島氏は明治初年頃に国分氏を名乗り桂島の姓は使用人の若生氏に与え、東京に移住した。

北から見る長命館

5.長命・・中世の豪族だった長命氏

長命館は七北田川流域を眺望できる高台にある。長命氏は中世以前から居住していた土豪で丸田沢の本郷家の総本家と血縁関係があるようである。長命家も本郷家も国分氏の一円支配が強化された室町中期以後には、半濃半武的な地侍となっていたと推測される。

本郷家は、近世に入り帰農したが、長命氏の末路は定かでない。

政宗の年代中に長命氏から名鷹が献ぜられた古文書がある。

国分家の勇猛な家臣であったがそれを知る文献は少ない。

仙台藩政初期の御府内絵図に長命七左衛門・七右衛門の名が見え、七左衛門の屋敷は宮崎村古内氏の邸内にあったという。古内氏との関係で命脈を保っていたのではと推測される。

 

 

 

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